パブロ・シーグレル『ブエノスアイレス・レポート』

そこそこ長く生きていると、誰しもなんらかの後悔があったりするものでしょうが、私が後悔している事のひとつに「アストル・ピアソラの生演奏が聞けなかった事」があります。

ピアソラが初来日したのが1982年、最後の来演は1988年。
私がピアソラを知ったのが亡くなった年、1992年・・・
もう少し早く知っていれば、もしかしたら機会があったかもと残念に思っているのです。

そして、今年の宮崎国際音楽祭は、大好きな”京谷弘司クァルテート”のステージがなくて、タンゴに飢えていたのですが(涙)「ピアソラ五重奏楽団」の1978年~1988年のピアニスト”パブロ・シーグレル”が宮崎に来ると知りびっくり!

ピアソラと同じステージに立っていた人の演奏が宮崎で聞けるなんて!

そんなこんなで、本日、コンサートに行ってきました。

パブロ・シーグレルはブエノスアイレス音楽院でクラシックを学んだ後、ジャズやミュージカル、映画音楽家として活動していましたが、即興のできるピアニストを求めていたピアソラに、五重奏楽団のメンバーに招かれます。

今でこそ、タンゴなども学べるそうですが、当時のブエノスアイレス音楽院はクラシック一辺倒の学習環境で、タンゴは弾いた事がなかったそうですが、ピアソラに「君の即興が好きなんだ、ただし、我々の言語で即興してくれ」と言われたそうで・・・まさに、天才と天才の融合ですね。

五重奏楽団の頃のシーグレルの演奏はこんな感じ(1984年)
中盤あたりからのソロは圧巻!
「どうやって弾いてるの?」と思う程、ピアノが打楽器のようです。

Astor Piazzolla – Chin Chin

現在のシーグレルはこんな感じ。
エマニュエル・アックスと2台ピアノでピアソラを弾いていた頃の映像に近いですね。
このシーグレル&アックスのピアソラ作品『ロス・タンゲーロス』も素晴らしいです。


本日の編成は、ピアノ、バンドネオン、ギター、コントラバス、パーカッションの五重奏。
ピアソラの曲と、シーグレルの曲が半々くらい(シーグレル多め)

シーグレルの演奏は、五重奏楽団時代のエネルギッシュな感じではなく、意外と軽めの音だと思いましたが、アクセントをつけるべき所はしっかりと、しかも軽々とメリハリをつける。
「決まる!」っていうのかな~
ほんと、軽々と太い硬い音が出るんですよね。

私とかだと「出すぞ~出すぞ~」と音を出す前から構えないとアクセントをつけられないんですが、体が大きいせいもあるんでしょうけど、やっぱ凄いです。

シーグレル以外は日本人メンバーだったのですが、何分、超絶技巧が要求されるのでしょう。

メロディアスなバンドネオン、ギターはアル・ディ・メオラばりの速弾きの場面多し、コントラバスのソロには目が釘付け。
特にパーカッションは忙しそうで、両手がふさがっている時はスティックを口にくわえたり、でも楽しそうに演奏されているのが印象的でした。

バイオリンとバンドネオンの絡みが好きな私としては、今回はバイオリンがなかったのが残念。

超個人的な意見ですが、ギターとバンドネオンが絡むと、どうしてもギターが主役になってしまうような気がするんですよね・・・ピアソラ五重奏楽団でも思うのですが。

これは、アコースティックと電気ものとの違いなんですかね?よくわからないけど。

インタビューなどを読むと、ピアソラ没後のシーグレルは、タンゴ音楽の伝統的な楽器、バイオリンを外してみたりと色々タンゴの世界を模索された時期もあるようです。

「タンゴの革命児」と呼ばれたピアソラによって、現代タンゴはできあがっちゃってる感があるので、そこからまたどーのこーのというのは難しい事なのかもしれませんね。

しかし、シーグレルは、ジャズやロック、さらには日本伝統音楽まで(奥様は日本人だそう)タンゴと融合させ、2017年には「ジャズタンゴ」でタンゴジャンル初のグラミー賞を受賞されています。

だからこそ、今のシーグレルのタンゴは、ピアソラのコピーバンドではない”シーグレルのタンゴ”なんだなぁと思いながら聞いていました。

コンサートが終わって、帰ろうとしていたら、サインに応じる為にロビーに降りていらしたシーグレルとすれ違いました。

こんなに早くロビーに出てくる演奏者を初めて見ましたが(笑)あの天才がこんなに近くにいると思うと大興奮でした♡

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