バイオニック・グローブをはめたピアニスト「ジョアン・カルロス・マルティンス」芸術とテクノロジーの融合は感動を生んだ。

twitterで流れてきた動画。
「生体グローブだなんて凄い!」と思って見てたんですが「ピアニストが20年以上もピアノが弾けなかった」とあります。

慈しむようなバッハと、ピアニストの表情に「どんな思いで弾いてるんだろう」と考えたら、胸が熱くなりました。

youtubeはこちらです。
Johann Sebastian BACH: Adagio, BWV 974

Maestro João Carlos Martins volta a tocar piano emocionado

バイオニック・グローブをはめたピアニスト

ジョアン・カルロス・マルティンス

ジョアン・カルロス・マルティンス(Joao Carlos Martins)1940年ブラジル生まれ。

私はこのピアニストを知らなかったのですが、20歳でカーネギーホールでデビューし、バッハを演奏する世界最高のピアニストの1人として、世界中で活躍されていたそうです。

しかし、怪我や病気が絶えず・・・調べてみてびっくり。

1965年、サッカーの試合中に倒れ、右腕の神経を損傷し3本の指に障害が出る。
1995年、暴漢に頭を鉄の棒で殴られ、頭蓋骨と脳を損傷、右手の自由を失い、左手の数本しか動かなくなる。
2000年、手術が失敗し、右手の機能をほとんど失う。

これでもか、これでもか、というくらいに苦難が続きますよね。

2000年以降、指揮者に転向しますが、ピアニストとしても、両手の親指だけを使った演奏でステージに立ち続けます。

2016年のリオデジャネイロ・パラリンピック開会式では、数本の指でブラジル国家を演奏し、聴衆を感動させます。

親指だけで弾くピアノ

親指だけの演奏は、こんな感じです。
(ピアノ演奏は11:14あたりから/G線上のアリア)

Entrevista com Maestro João Carlos Martins | The Noite (12/08/19)

画面を見ないで聞いていると、とても親指だけで弾いているようには聞こえませんね。

レガート奏法は難しい

ひとつひとつの音をなめらかにつなげて弾く事を「レガート奏法」と言い、これはピアノのテクニックの中で、もっとも難しいと言われています。

ピアノは打楽器でもあるので、もともと音がつながりません。

ですが「レガート奏法」は、音と音の間に切れ目を作らずに、前の音と次の音が重なる瞬間を作る事が必要となります。

よく「歌うように弾け」とか「もっと歌って」と言われるのは、レガート奏法が出来ていない時です。

普通に5本指で弾いても、音をつなげるのが難しいのに、親指だけでレガート奏法をするのは物凄くコントロールが必要だと思います。

1本の指で弾くという事は、マレット2本で木琴、鉄琴を叩くようなものですものね。

若い時の演奏

こちらは以前のマルティンスさんの演奏。
キレがあってダイナミックな印象です。

João Carlos Martins – Rara entrevista 1976 + Concerto para piano( A. Khatchaturian )

現在のマルティスさん

現在、80歳のマルティスさん。

「私がやっている事はゼロから始める事です」と、ハノン(初心者用教則本)を練習します。

年齢は関係ない!そう思わせてくれます。

João Carlos Martins volta ao piano graças a luva biônica

下の動画で、手袋を開発されたubirata costaさんが話されてます。

「ピアノのキーを押すとスプリングが指を戻します」とあるので、多分、この手袋をはめると少しの力で鍵盤を押さえる事が出来るのだろうと思います。

介護用のスーツでそういうのありましたよね、原理は同じかな?と。
素晴らしい技術ですね。

*この動画はyoutubeに移動しないと見れないようです。

Special gloves help Brazilian musician return piano playing | AFP

ピアニストがピアノを弾けなくなるという悲劇

それにしても、ピアニストがピアノが弾けなくなるなんて・・・

ピアニストになるまで、生活の全てがピアノと共にあったでしょうし、ピアニストになってからはそれ以上でしょう。

「ピアノで食っていくよりピアノを食べる方が簡単だ」と比喩される世界です。

ピアニストになれる人は、想像を絶する才能があるわけです。

だからこそ、ピアニストになれるくらいの人は、身体が不自由になっても音楽をあきらめる事はしません。

私の大好きな2人のピアニストも身体が不自由になってからも、不屈の精神で演奏活動を続けられています。

館野泉 1936年東京生まれ、フィンランド在住

2002年、脳出血により右半身不随になりますが、2004年に左手のピアニストとして復帰されます。

左手のピアニスト 「舘野泉80歳へのプロジェクト」

館野さんの弾くシベリウスに近づくことは私の目標の1つです。

オスカーピーターソン (Oscar Peterson)JAZZピアニスト・1925年カナダ生まれ

1993年に脳梗塞で倒れ歩く事もできなくなりますが、リハビリを重ね左手が不自由なままですが、ピアニストとして復帰します。2007年逝去。

OSCAR PETERSON – SATIN DOLL

JAZZの名曲「SATIN DOLL」はオスカーピーターソンのバージョンが一番好きです。

きっと、不屈の精神を持つ人だけがピアニストになれて、その人にしか紡げない音楽を織りなす事で、より一層の感動、新しい感動を与えるのかな、なんて思ったりもします。

そして、これから先の時代は、身体が不自由になったピアニストを、もっとテクノロジーが助けてくれることでしょう。

年齢を重ねるごとにバッハが好きになる

マルティンスさんの半生は映画になり、現在、上映中です。

宮崎はやってなかった、残念。

それにしてもバッハ。

相変わらず自分で弾くのは苦手だけど、年齢を重ねれば重ねる程良さがわかるというか、好きになっていきます。

神様に近い音楽、そんな気がするのです。

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